~本当に開国したのは誰か?~


by toudaikaikoku

みんな仲良く・ウソをつかず・自分より若い人の面倒をみよう

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柴田英寿さんインタビュー

2002年から東大先端研で始まった
アントレプレナーシップ論
2006年まで約200人が巣立っていった。
出会いが出会いを呼び
気付きを呼び覚ましていった。
何かを得た人もいる。
傷ついた人もいる。

だけどそこには「かけがえのない何か」が
確かにあった。

そんな講座を5年間主催してきた
柴田英寿さんにお話を聞きました。



■大学時代

柴田さんは普段、日立製作所でシステムエンジニアとして働いている。大学時代は演劇に没頭し、二年留年した。「大学なんてさ、適当にやっていれば卒業できると思っていたんだよね。気づいたら単位が足りなかった。」自信は人一倍あるのに実力の伴わない若い頃の織田信長のようだったと過去の自分を評して言う。「システムエンジニアという職業は常に、何か起こったらどうしたらよいかを考えるのが仕事のようなものだから仕事を通して随分周到に変わってきたよね。」

大学時代、ドストエフスキーに代表されるロシア文学、フランス文学などを熱心に読んだ。そのうち、「翻訳を読むのはおかしいのでは。」と考え、やがて三島由紀夫など日本文学を読むようになった。「若いころの僕はかなり暗かったよ。暗いといっても僕の尺度なので、たいしたことないんだけど。」そのまま社会にでた。会社に入ってからも、目一杯肩に力が入っていたという。


■転機~アメリカ留学で得たこと~

転機は29歳の時。社費留学でアメリカのビジネススクールに入学した。アジア人を蔑視する人々に抵抗するなかで「みんな仲良くしようよ。陰口はやめようよ。偏見を持つのはよそうよ。」と訴えた。周囲の人たちに「お前の言っていることはかっこいい。」と褒められた。「僕の価値観は世界に通用するんだ。」大いに自信を持った。今までとは一転。人生が明るい方向に向かい始める。


■講座の成り立ち

アメリカから帰国後、毎週水曜日の朝に喫茶店を利用して勉強会を始めた。知的財産に関連したビジネスを起こそうと友人と二人でビジネスlPRという団体を立ち上げた。次第にマスメディアに登場する機会が増えた。そんな折、東大で教えてみないかという話が持ち込まれた。
「人に教えるってカッコ良さそうじゃん。すぐ引き受けたよ。」
こうして2002年、理系の東大大学院生を対象にビジネスを教えるアントレプレナーシップ論の原形にあたる講座が始まった。

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「最初はさ、講座を受け終わったらすぐにベンチャー企業を立ち上げられるっていうくらい専門的な講座だった。だけど現実をよくわかっていなかった。実際に授業を受けにくる学生にベンチャーを起こしたいと思っている人はほとんどいなくて、多くの受講生が、自分が生きていくことに不安を抱えていたり自信がなかったりした。まずはそこにとりくんであげたいと思った。彼らもゆくゆくは何かやろうとするだろう。これから育っていく人とゆっくり付き合っていこうってね。」

こうした考えの変化に対応するように講座も年々変化していった。

初年度の講座には社会人経験者がいた。ビジネス経験のない学生に比べ圧倒的に経験値があった。次年度からは社会人ティーチングアシスタントを講座に誘い、講座運営を手伝ってもらった。

好評だったのでさらに翌年からは5~6人からなるチームに対し、社会人ティーチングアシスタント3人ほどについてもらうようになった。2004年に固まったこの形態はその後現在まで3年間変わらない。

「最初は、受講生もほったらかしの状態だったよ。飲み会をやったほうが盛り上がるとかメーリングリストを使ったほうが効率的とかおもいつかなかった。段々ノウハウがたまってきたよね。」

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■ティーチングアシスタント

「ティーチングアシスタントの役割も不明確だったよ。よく、人に教えるのが好きという人が講座に参加したいと言ってくるんだけど断っている。教えたい人はティーチングアシスタントに合わないんだよ。僕が考えるティーチングアシスタントに向いている人は、『学生に会わせたいな』という人です。これじゃ分かりにくいからもうちょっと具体的に言うと、自分に、時間に、人生に、知識に、お金に、ちょっとだけゆとりがある人だと思いますね。ゆとりがあるから学生の話を聞き役に回れる。それだけでなく、ゆとりがあるからちょっとずつ学生に配慮をしてあげることができます。僕は学生に自分で育ってほしいから彼らとゆっくり付き合ってくれる人を探しています。」

だからこそティーチングアシスタントを探す際は細心の注意を払う。基本的には知っている人。講座が始まる半年以上前から柴田さんが一人一人丁寧にお願いし、最終的には二十人近い社会人に、ティーチングアシスタントとして講座に参加してもらう。

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■ビジネスプランを作る意味

講座では、3ヶ月を通して各チームに一つのビジネスプランを作ってもらう。「今は学生さんのニーズに応えてコミュニケーション能力やプレゼンテーション能力向上に講座の重点が変わってきているよね。ビジネスプランなんて、型はどうでもいいようなものなんだけど、ずっと一緒にやっているチームでも、考えていることをひとつの型にまとめようと思うと、とても難しいということがわかる。それがビジネスプランを作って行くということかな。」

ビジネスに関する知識がほとんどない状態の理系の大学院生に約十回の講義で財務諸表、マーケティング、リスク分析などの初歩的な知識を教えていく。毎回の講義には課題も出される。理系の大学院生は決して暇ではない。初対面のチームメンバーと慣れないミーティングをこなし、次週までに課題を仕上げなければならない。

「僕たちにも言えることだけど学生さんって、自分の言っていることは100パーセント相手に通じていると思っている人が多いんだよ。でも実際はそうじゃない。人は相手のことを自分の思うように聞いていることが大概で、相手に伝えることは本当に難しいことなんだよ。ほとんど伝わっていない。ビジネスプラン作りを通して、そういうことも学んでもらえたらいいなとは思っていますね。」

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■信念を曲げないこと

柴田さんに、大切にしている価値観を聞いてみた。「信念をまげないことかな。」サラリーマンをやりながら毎年1冊のペースで書籍を執筆し、外部団体の代表を二つ務め、かつ大学院で教鞭までとる柴田さんの信念とは一体どんなものなのだろう。

「みんな仲良くしようよ、ウソをつかない、自分より若い人の面倒をみよう、かな。」予想に反してシンプルな回答が返ってきた。「アントレプレナーシップ論」という講座は柴田さんの信念が形として具現化したものなのかもしれない。


■講座を通して得たもの

講座を通して柴田さん自身得たものは多いという。「自分にも出来ないことはあると分かったね。昨年の講座は病気になる学生さんが多くて、全員のケアしてあげられなかったな。それから僕は今まで人と三十秒も話したら見抜けると思っていた。だけど初対面の印象とは裏腹にすごく良い人もいたし、信用していたのに見損なっていた人もいる。あと、僕は学生やティーチングアシスタントを客観的に見ることのできる立場にいたから彼らのコミュニケーションを見ていて、こうしたらこうなるんだと学んだこともたくさんあるよ。いろんな人がいていろんなものの見方があるんだって改めて学んだね。」

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■うれしかった瞬間

様々な気付きを得た講座の中でも一番うれしいと感じた瞬間は「花束をもらった瞬間かな。」講座では三か月の集大成として各チーム一つずつビジネスプランを作り発表する機会がある。その後、打ち上げの席で大きな花束が柴田さんに贈られた。まったく予想もしていないことだったという。

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「僕はいつも、前面に立ちつつ事務局も兼ねてやっているので、花をもらうなんてほんとにないんです。だから、まったく、もらえると思っていなかったので、驚き含めて、うれしかったな。考えてみれば、僕が一番、労力、知力、愛情を注いでいるわけですから、みんなにお礼をもらってもいいわけですね。みんなもそう思ってくれていたんだと思って、なお、一層うれしかったです。達成感がある年だったしね。よく出来たと思います。改善すべきところは一杯あるんですが、あんなすごいことは、僕はやり遂げたことないです。それくらいすごかった。」


何かしてあげたいと思ってずっとやってきた。しかし、何かしてあげたいと思えば思うほど、うまくできているかという不安とうまくできていないという不満が募っていた。花束をもらったとき肩の荷が降りて、自分も参加者の一人として喜べた。同時に本当はもらっていたのは自分だということに気づいた。みんなの笑顔と「ありがとう」という感謝の気持ち。それこそ柴田さんの一番欲しいものだったのかもしれない。


■「清く・正しく・美しく生きてください!」

最後に、講座にかかわった人たちに何かメッセージはありますか?と聞いてみた。柴田さんからは「清く・正しく・美しく生きてください!」一言、シンプルな言葉が返ってきた。また今年も講座が始まろうとしている。


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[聞き手 浜松翔平 金子きよ子]
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by toudaikaikoku | 2007-02-03 18:44